モノカキさんに30のお題 04.遊園地
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 めぐみと原田が出会ってから、1ヶ月が過ぎた。
原田のスパルタ教育のおかげで、めぐみの学力は一気に上昇している。中間考査の結果は、今までで最もよかった。父は原田のおかげだと満足げに笑い、原田もお役に立てて光栄です、と嬉しそうに応じる。
自分の事を、他の誰かが喜んでくれることはこんなにも嬉しいのだ、とめぐみは初めて知った。
「うん、正解。結構いい感じに進むようになったね」
今日のノルマだった3ページと宿題だった10ページの答え合わせを終え、原田が赤ペンを置いて息をついた。
「先輩のおかげですよぅ」
表情を崩しためぐみにつられるように、原田が微笑む。今の今まで無表情に鬼家庭教師と化していた人が、途端に優しい、好意的な人になる。
何度見てもこの違和感は消しようがないが、少しは慣れただろう、とめぐみは自分に言い聞かせた。
「それじゃ、頑張り屋のめぐみちゃんにご褒美。家庭教師は飴と鞭を上手く扱って、生徒さんの心を掴むことが重要なんだってさ」
まぁ、それは家庭教師暦3年の友達の受け売りなんだけどね、と独り言のように呟きながら鞄の中をごそごそと探る原田に、めぐみは目を瞬いて覗き込んだ。
「あったあった……ちょっとくたびれちゃってるけど、これ。バイト先でもらったんだ、遊園地の優待券」
出て来たのは、ビタミンカラーに彩られた可愛らしいチケットだった。確かに少々折れ曲がってはいるが、幻滅するほどでもない。
「うわぁっ、これってあのブルーサンシャインのですかー?!すっごーい、たかが割引チケットもこんなにこだわってるんだー……」
ポップなデザインのチケットに心を奪われるめぐみを見て、原田は少し嬉しくなる。
自分の勉強の教え方は、親しい友達にも『厳しすぎる』と不評なのに、彼女は弱音も吐かずに懸命についてこようとする。そして、その努力に伴って実力がつく。努力すればどこまでも伸びるタイプなのだろう。頑張るめぐみの姿は、高校生らしからぬ緊張感と集中力に満ちていて、原田でも驚くばかりだ。
だから、こんな風に女子高生らしい一面を見せられると、理由もなく安堵してしまう。
喜んでもらえてよかったと、心から嬉しくなる。
「めぐみちゃんにプレゼントするよ。教授とでも、お友達とでも。この夏いっぱいまでは使えるらしいから」
ペアの割引チケットだ。行くとすれば父親か、もしくは……友達は友達でも、異性の友達だろう。女の子が二人だけで遊園地に行って、楽しいわけがない。
ほんの少しの苦痛を胸に感じて、それを訝しげに思いながら、原田は笑う。
そんな原田を見つめ返すめぐみは、しばらく考え込むように唸り声を上げて、突然
「決めたっ!」
と叫んだ。
「私、先輩と行きたいです!!」
「……え?」
まさかそんな答えが返ってくるなど夢にも思わなかった原田は、笑顔のまま固まった。
「もうすぐ先生たちの研究大会が開かれるらしいんです!だから、今度の火曜日、私学校休みなんですよ!先輩も、なんかそんなこと言ってませんでした?」
原田の戸惑いにも気づかず、めぐみは満面の笑みを浮かべて話を進める。
「うーん……?ま、まぁ……球技大会がね、あるんだけど……こないだ倒れたせいで、どうもハブられちゃったみたいで、どの種目にも参加してないんだ。もともとは出るつもりだったから前もってバイトは休んじゃってるし今さらシフト組み直してくれなんて言えないけど、まさか、本気なの?」
「私はそんな面倒くさい冗談言いませんよ?」
上機嫌でそう言っためぐみだが、原田の心底困ったような表情に、思わず息を詰める。
自分ひとりで盛り上がっていただけなのかと、悲しくなった。
「……あ、でも、迷惑だったら別に……」
さっきまで明るく笑っていたはずのめぐみが、急に水をやり忘れた花のように、俯き気味に、原田を上目遣いで見上げる。思わず、彼は首を振って否定した。
「いや、そういうわけじゃ……あ」
「それじゃ、いいんですね?!わぁい!やったー!」
言わなくてもいいことを口走ってしまったらしい自分の口を慌てて押さえた原田の目に、眩いばかりの笑みを浮かべためぐみの顔が映った。
いまさら言い訳をしても、どうにもならないだろう。
何より。
こんなにも無邪気に喜んでくれるめぐみを目の当たりにしてしまったのだ。原田には断るなんて選択肢を持ち合わせることは出来なかった。
「……それじゃ、次の火曜日。いつも美味しいご飯をご馳走してくれるし、俺の強引な進度にちゃんとついて来てくれる最高の生徒であるめぐみちゃんのために。入場チケットは俺がおごるよ。安くなってるわけだし」
俺も楽しみにしてるよ、と呟いて笑顔を浮かべてから、原田はその表情で凍りつく。
……自分は今、何を言ったのか?
いや、おごる、というのは特におかしくはないだろう。今まで気づいていなかったが、自分はどうも大食漢だということが分かった。無償で食事をご馳走になっているのも心苦しく、いくらか家計に入れると言ったのだが、家計を担う当の本人は受け取ってもくれない。だからなのか、自炊をしていた今までよりも、妙に食費が浮いていて、先月末の財布は暖かかった。割引もあるのだし、チケット二枚くらいどうと言うことはない。
だが、今何を言った?
楽しみにしてるよ、と……そう口走りはしなかっただろうか。
よく考えればこれは、二人きりで行くのだから『デート』と呼ばれてしかるべき行為なのではないか。いやしかし、これはお礼であって男女同意の上での……今回だって同意はされているためこのくだりはおかしい、そう、デートと呼ばれるものは男女間に恋愛感情が横たわっているものであり……。
 幼い頃から医者を目指して勉強一筋だった原田は、いまだかつて男女二人きりで出かける機会などなかった。容姿になんら問題がないにもかかわらず、恋愛経験がないのはその辺が原因だ。
それゆえに酷く混乱し、原田にはめぐみの不思議そうな視線も、お弁当作って行きますけど何が食べたいですか、聞いてますかせんぱーい、という言葉にも一切の反応を示さなかった。
飴と鞭どころではない。
……自分の方が参ってしまいそうだった。
頭を抱えて一人唸る原田には、心配そうな表情で見つめるめぐみの言葉もやはり聞こえてはいない。

 そして二人は、火曜日を迎えた。




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