天使講座3・体機能


 今日は、ダイニングではなく、リビングだった。
大柄な青年が横になっても、まだ余るほどの長いソファで、彼は少女を説き伏せていた。
「な?頼むから。いいだろ?」
「……駄目、です。説明はしますけど、絶対嫌です!!」
なんのことを言っているのかはさっぱり分からないが、とりあえず、彼らの正面にある二人掛けのソファに腰掛ける。
「えっと、お待たせしました。今日は、体機能について、ですね」
「なぁってば」
「駄目です。基本的に、人と同じです。ちゃんと食べますし。あ、でも、消化の仕方が違いますね」
「おー。違うぞ。分解、消化して、すべてを摂り込むんだ。そうでもしないと、背中に羽生えてるし、飛ぶし。その分余計な体力使うから。だから、排泄まで至らない。すごいだろ」
「でも、構造は同じなんですよ。……もう1つ、大きく違うところは、羽ですね。羽は、生える、と言うより、具現する、と言った方が、正しいんですが。それを、実際に『見える』ようにするかどうかは、その人の意志によります。だから、私は今、翼が必要だと思わないから、見えないんです。あるんですよ、実際。でも、それが実体を持つものとして、触れられるようにするには、私が『見える』んだ、ここに『ある』んだと認識しなければいけないんです」
やって見せましょうか?と微笑みかけられ、思わず好奇心に押し流されて頷いた。
すい、と目を閉じたレイエルの背が、ふわりと一瞬光を帯びた。
と、目を瞬いた次の瞬間には、その背に華奢な、淡く真珠色に輝く翼がある。
「こういうことなんです」
納得いただけたでしょうか?と笑顔のまま再び背に光を纏わせると、同時に翼が溶けるように消えた。
「お前の羽、ホント華奢だよなぁ……それで飛べるのか?」
「あんまり、飛んだ記憶ないんです。……えと。それと。人と最も違うのは、生殖能力です」
ふわりと頬を赤らめて、少女が呟く。
小さく背を丸めて、話すのを躊躇うように俯いて。そぉっと、ウミエルの様子を窺う。
まるで、悪戯をした子供のような反応に、彼は仕方ないな、と微笑んで、口を開いた。
「天使には、男と女がいる。俗に『オス』と『メス』って言うんだがな。見りゃ分かるだろうが、俺は『オス』だ。んで、レイエルは『メス』……。だから、交合が出来る。ここまでは、変わらねぇな。俺達天使と人間の生殖機能の違いは、俺のような『オス』でも、種蒔くために必要な『シュ』を持つ存在でなければ、いくら交合しても無駄……『メス』も同じ。天使の中には『シュ』を持つ者が三人、そして『ラン』を持つ者が三人、それぞれいると言われている。六人が正しく結びつかなければ、この世界は崩れるそうだ。俺が『シュ』を持ってても、レイエルが『ラン』持ってなきゃ子は出来ないし、逆もまた然り……というヤツだ。ようするに天使は、誰とやっても巡る運命の輪に組み込まれた存在でないなら自由によろしくやってもまったくバレないし、文句も言われないんだ。人間とは、大違いだなー」
そう思うと、なんか可哀相だな人間って、と呟く彼に、少女が、ぷいっとそっぽを向く。
「……そしてウミエル様は今まで散々女の人を泣かせてきたんですよね」
拗ねるような口調に、ウミエルは真面目な表情で、とんでもないことをのたまう。
「……いや、レイエル。それはまったく嘘でもないが、真実でもない。俺は自分から襲った相手はお前一人だ。それ以外は『来る者拒まず去る者追わず』の精神で生きてきたんだから。レイエルは、どっちかって言うと今までで初めてのパターンだったな。検診で俺の裸見ても『綺麗ですね』とか言ってるし、ちっとも警戒しないんだよな。その御陰で俺は……」
あ、このあと自主規制、と笑う青年に、少女は真っ赤になって声を荒げる。
「ウミエル様!!」
「怒るな怒るな。黙ってるじゃないか、俺。一番大事なことは」
「そういう問題じゃないです!!もうっ……!」
怒りと、おそらく恥ずかしさだろう、2つの感情が入り混じって、レイエルはソファのクッションを、ぱしぱしと叩く。
そんな彼女をなだめるそぶりを見せながら、瞳に貪欲な感情が浮かび始めた青年に、思わず腰が引ける。
……結局、今日もこうなるんだ。
下手に居残ると、明日が迎えられなくなりそうで。
二人を残し、その部屋を後にした。