天使講座4・天使力学


「今日で最後だな。えーと、天使の持つ力について。ふむ」
かくん、と首を傾げた青年に、少女が笑った。
「あんまり意識してないからなぁ。そうだな。まずは、根底の部分で、力の使い方は2種類。ひとつは、精霊に力を使うってことを教える呪を唱えて、力の増幅やらせて、効果範囲やら自分への防御壁、そういうのの調整をさせるわけだ。これは、精霊を『使う』方法だから、彼らを消耗させる。だから、自分を守護する精霊がどれほど強いか、それで自分の力も決まるってわけ。もうひとつは、多分レイエルにしか出来ない方法。これなら本人の負担も精霊への負担もかなり減る。自分の意志を精霊に伝えて、協力してもらうんだ。精霊は本人の意志が明確に分かるから、それを行使するためにしなければならないことを、自然と実行してくれる。ただ、この方法は精霊とどれだけ分かり合えてるかが大切。そうじゃなきゃ、精霊が力をどこまで増幅させて、どれほどの大きさのシールドを張るかなんて、わかんねぇだろ。お互いを信頼しあってれば、もちろんこの方法が一番有効だ」
レイエルは、育ての親精霊だもんな?と、微笑んで頭を撫でる青年に、少女がなぜこんな扱いを受けるのか、と不思議そうな表情で見上げる。そのやり取りを見ていると、どうしても、彼が何とかコンプレックスなのではないかと不安になってしまう。
ぼんやり眺めていたその目から、どうやらあらぬ疑いをかけられていると見抜いたらしいウミエルは、にっこりと笑って、一言。
「天使の年齢は見かけじゃないからな?」
……実年齢が高くても、外見がそう見えたら、適用されると思うのだが。
その先何をされるか分からなさ過ぎて怖く、表情は、必死に隠して。
先を促す。
「精霊を扱うための呪は、属性によって違う。例えば火天使なら、
『我は炎を纏うもの』
だ。そのあとに、術を完成させるために必要な言葉をひっつける。天使長は、また別の呪があって。だから俺なら、
『我は炎を統べるもの そして真理を統べるもの』
になる。天使長にのみ伝わる古の呪が存在するせいで、起動のための言葉はややこしい仕組みになってるんだ。ここまでは、いいな?」
こくん、と頷くと、ウミエルは再び口を開く。
「俺のような火天使や、地天使は本来攻撃の術しか持たない。攻撃の力ってのは、速さがすべてだ。だから俺たちは、さっきの呪を使ったあと、術そのものを言い表す言葉を、短縮する。ようするに、光を呼ぶ術であれば、ホントなら養成所で習う『来れかの宙晄の矢』って続けるんだが、俺は……」
ふっと表情を消した青年が、すぅっと手を差し伸べる。

『我は炎を統べるもの そして真理を統べるもの……来い』
――ふわり、と、どこからか光が舞い降りた。握り拳ほどの小さな光の珠。

「これだけ。本来この術だって、相手の目をつぶすもんだけど、そこは、俺の意志で精霊に調整させて、威力を絞ってるんだ。それに、天使長は呪が他の奴らより長いだろう。そのブランクをなくすために、指でそれぞれ定められた印を切れば、変わりにもなる。だから天使長の呪を知るものは、ほとんどいないな」
 面倒だし、と笑うウミエルに、ほんの少し疑問を抱いたのは、秘密だ。

「火天使、地天使はそんなもんだ。風と水は、レイエルの管轄だな」
俺はこの方面にはノータッチだしー、と冗談めかすように笑って、ウミエルはすいっとテラスの方へ移った。
――いつも彼女と共にいることを望む彼が、なぜ?
 そんな自分の視線を読んだのか、レイエルがふわりと微笑む。
「ウミエル様なりに、気を使ってくださるんです。……そっけないけれど、確かな優しさをもってらっしゃる方ですから。これからのお話の中には、私にしか語ることを許されていない、大切なことも含まれるんですもの」
あぁでも、あなたには今までのたくさんの言葉を伝えて頂かなければなりませんから、構わないんですよ、と、少女は口を開いた。
「まずは、力の行使の方法ですね。水天使風天使も基本は同じです。ただ私は、精霊たちの手で育てられて、彼らから力の使い方を教わったので、精霊にお願いして、力の行使を手伝ってもらっています。大抵の人は、人を癒すために、その傷口に手をかざすくらいしかしないんですけど、私は、直接触れて、そこから直に力を送り込むかたちを取ります。……水や風の属性を持つ人の中にも、男性はいますから」
なんだか、お互いが嫌な気分にならないため、なんだそうです、と少女は笑った。
「さてと。次は、あんまり表立って言えないことです」
覚悟してください、とレイエルは少し真剣な眼差しで続ける。
「天使は、前回ウミエル様が仰った運命の輪に組み込まれた3組の男女から、生まれます。それ以外は、地界から昇華してきた妖精たちが、もしくは、天界にいる精霊たちが変化して生まれます。稀に、地界で、想いを込められ、物に宿った精霊が昇華して天使になることもあります。後者の天使を生み出すために必要なのは、強い癒しの力、精霊の大きな守護、そして、専門の知識です。……今はすでに一部の精霊しか知らない、古の術。私はそれを、精霊たちから教わりました。それ以外のたくさんの禁呪も、色々と。それが悪用されてしまうと、世界の崩壊さえ招きかねないんです。だから、このことは絶対、広めちゃいけないんだって、ウミエル様が。私も、思いますし」
だから、あんまり深く話すのは、やっぱりなしにしてもらえますか?と、少女が不安げな眼差しで問いかける。
……世界を賭けてまで聞かなければならない真実など、必要ない。
そう答えた自分に、少女は微笑んで。
「また、いらしてくださいね。お待ちしてますから」


 そうして、ここ数日の、不思議な体験は、幕を閉じた。