「レイエル、お茶。質問リスト出せ」 可憐な少女をあごで使う姿は、まさに、鬼。 しかし、それが苛めているように見えないのだから、とんでもないお得な顔をしている。 「やかましい」 「ウミエル様、だめですよ、喧嘩しちゃ。伊達眼鏡まで用意してやる気満々なのに、そんな態度じゃ逃げられても知りませんから」 どうぞ、とティーカップをソーサーに乗せて、蕩けるような笑顔で、ゆっくり彼の前に置く。 服のポケットから、四つ折にした用紙を取り出して、こほん、と咳払い。 「……お前もやる気じゃねぇか」 「……ハイ、それじゃあ、ご質問にひとつずつお答えしますね。まずは、と。天界の仕組み、ですね。これは私より、ウミエル様の方がよくご存知ですよね?」 首を傾げる仕草に合わせて、さらりと流れ落ちる栗色の髪に、そっと指を絡ませ、彼女を見つめながら生返事を返す、ウミエル。 「んー。天界の仕組みっつーのは、そのまま。まず、天使は四大元素になぞらえた力を初めから備えている。地水火風だな。俺は、火」 「私は、風です」 「火と地の力は、どちらかと言うと外向き……要するに攻撃だ。火は攻撃以外の力はほぼ持っていない。自分のみを護るくらいの狭い防御ならなんとかなるけどな。地は結構オールマイティだ。補助系の能力者も時折いる。反対に、水と風は内向き。補助、回復能力を持つものが多い。非常に稀なことだが、攻撃力を持ったものも生まれる。俺たちの属性や力の大きさは、たいてい、それぞれに守護を与えている精霊の力で決まる。ちなみに、俺は今のところ誰よりも炎の精霊の寵愛を受けている」 「ねぇウミエル様、私は?」 足を組んで、ふんぞり返ってうんちくをたれるウミエルに、にこにこと微笑みながらレイエルが問う。 隣りの椅子に腰掛けると、ティーカップを両手で抱えるように持ち、聞く体制は万全だ。 「お前は、特殊だ」 「え?」 あまりにもあっさり、自分が他人とは違うのだと言い切られて、レイエルは目をぱちぱちと瞬く。 「なんだ、聞いてなかったのか?育ての親の精霊に」 今だ、どう返事をしていいのか分からない少女は、小首を傾げて、頷く。 「お前は、愛され過ぎてるんだ」 「え?」 「お前の育ての親は、そこの泉にいる精霊たち皆だろう?」 と、テラスに面した大きな窓を一瞥し、ウミエルは指を一つ一つ折り始める。 「泉の……水の精霊だろ、そのあたりの大地の精霊だろ、滅多に守護を与えない周りの木々の精霊だろ、そこに吹く風の精霊だろ……ようするに、自然のすべてがお前を愛し、護ってるってことだよ。あのへんの自然は、すべてお前の味方だ。唯一人工のモノである炎の精霊は、自然に愛されているお前には近づけない」 「え、え……?そう、だったんですか?」 ようやくその意味を理解した少女が、急に慌てて両手をじたばたと振る。その姿さえ愛らしい少女に、ウミエルは苦笑して、その頭を優しく撫でる。 「そうそう。でもな、炎の精霊に護られる俺がお前を守るって言ってんだから、凄いな、お前は四大元素制覇して、あまつさえ強い力で愛されてるってのに、このままじゃ世界がお前一人のためにすべてを投げ出してもおかしくないぞ?」 冗談めかしたセリフに、けれどレイエルは、びくんと震えて、ふるふると首を振った。 「嫌です。いりませんそんな愛。世界があるから私はここにあるのに。皆がいなくなってしまったら、私は生きていられないもの……」 じんわりと涙の浮かんでくる翡翠色の瞳に、ウミエルは驚いて、そして苦笑して少女を抱き寄せた。 「大丈夫だよ、お前がそうだから、精霊たちの守護はお前にあるんだ。利己的な奴を、そんなに大勢の精霊が競い合うように守護するわけがない。心配するな」 「……はい」 腕の中でふんわりと、朝露に濡れた百合が花開くように、艶めいた微笑を浮かべる少女に、ウミエルは震えた。 「……っだぁぁっ!!レイエルっ、お前が……お前が悪いんだっ!!そんな目で俺を誘惑するなっ!!」 「やっ、な、なんでですかぁっ?!違いますぅ、だめですっ、ウミエル様!!」 ぷちんっ、と気持ちのいい音がしたような、しなかったような。 「うがぁっ」 「終わったらなんでもひとつ言うこと聞きますから!!」 たったその一言だけで、理性も吹っ飛びすでに準備オールオッケーだった青年が、止まった。 「えーと、どこまで行ったっけ?」 にっこり。 満面の微笑には、一点の曇りも見当たらない。 「属性の話の途中です、ウミエル様」 答える少女の微笑みは……微妙に、恐怖に引きつっていたが。 「えー、属性には相性も色々あってだな、火と水、地と風は相性がすこぶる悪い。火と地は、両方が外に向く力だからな、一番いいのは、火と風、水と地って組み合わせだ。力が安定してくると、それぞれの属性に分けて、養成所に入れられる。そこで力の使い方を一通り教わると、一応軍に所属することになる。軍は、属性ごとにあって、その頂点には、それぞれの属性において最も秀でたものが立つ。天使長と呼ばれる者だ。さらに、その4つの属性の軍をまとめるのが、天使長の中で最も強いもの……大抵は火天使長がなるんだがな、四大天使長ってのがいる」 「ウミエル様です」 「そう俺。でもって俺の上に、天帝がいる。他にも、文官が大勢……そいつらは天帝宮に詰めてるんだ。軍に上がるほどの能力が認められなかった場合、大抵が文官だ。能力が高くても、養成所の教官として残される場合もあるしな。軍に入るがすべてじゃない」 がっしと腰を捕まれて、半分泣きかけのレイエルが、優しく補足した。 「天界の仕組みは、そんなものです。何か分からないことがありましたら、また文書にしてお持ちください、お答えいたします」
まるで、旋風のように。 一気に捲くし立てられて、記憶が混乱しているが……あの満面の笑みを思い出すと、寒気がする。 ……早く、ここを出よう。
明日も来なければならないのは、気が重い。
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