冒頭
「……さよなら…………」
そして、彼は向かう。無実の罪を自ら被り、裁きを受けるための場所へ。行く必要の、無い場所へ。
「……我が、君っ!!」
それが、最後に聞いた最愛の少女の言葉だった。どこまでも悲痛で……、なのに自分にはいとおしくしか感じられない。
おかしいのだろうか? 薄れゆく意識の中、ぼんやりと彼は思う。優しげに、口元ににじんだ笑み。
永遠の別離? 再会の予感? そう。それだ。
『サイカイノヨカン』
きっと、自分とあの少女は出会う。そう決まっているのだ。だから、悲しむな。
なのに。……瞳が、あった。しかも、すぐ傍で。
……なぜ?
――スグオイカケマス。
その唇の動きに、彼は愕然とする。そうじゃない。そんなことしてほしくない。
しかしそこには、ふわりと微笑んでいる自分がいた。少女の大きな翠色の瞳に映る自分。これでは、少女の言葉に喜んでいるようではないか。
「――レ……ぃ」
そして。
少女は立ち上がった。大好きな、一番大切な人にそっとくちづけて。
「すぐ、追いかけます」
――謁見の間。そこでは、たくさんの罪人が懺悔し、そして罪を償いに下の世界へと堕天してゆく。少女は、そこにいた。
「……神よ……懺悔いたします」
祈るのは、先ほど逝ってしまった大切な人の元へ行くためだ。
「あの方に罪は無いのです。あの方は罪など犯していない……」
ばたん、と扉が開く。誰かが止めに来たのだろうか。
「そして……私は、……あの方を愛しています……!」
そう。いつもそうだった。彼のいない日は寂しい。苦しい。――傍にいたい。
でも、もうこの天上には存在しないのだ。いつも優しく抱いてくれた胸も、髪をなでる大きな手も、たしなめるように響いた低く甘い声も。
「私は……あの方を愛しすぎたのかもしれません……」
自分の存在意義は、彼が握っているのだ。
瞬時に、自分の体が自分では無いものへと変化していく。ふわり、とからだが融けたのを感じ、少女は目を閉じた。流れに身を任せるように。
目の奥から、銀の光を感じた。そして……自分を自分と認識できなくなったころ。
その場所には、一枚だけ……、純白の羽根が静かに、ゆっくりと落ちていった。
そしてこの二人の天使の『死』……『転生』から、全てが、動き始めた。
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