Plumage Legend 創世神話
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 混沌なる者、何者をも統べぬ者、世界の安息地、全ての母。
様々な名で語られし母なる者は、何度となく『世界』を創り、また『神』を創った。
栄えた世界もあれば、壊れた世界もある。
壊れた世界は、やがて母の元へと還りその血肉となるが、戻りし世界の内に潜む悲しみや苦しみは、母を何度となく涙させた。
 しかし、苦しむ結果となれど、母は世界の創造を、神の創造をやめることはなかった。
母の喜び、幸せは、自らの半身でもある世界の様々な営みであり、その繁栄でもあったのだから。

 またひとつ、壊れた世界を飲み込んで、母は新たなる世界を作ることを決めた。
だが、今までと同じでは、また壊れてしまうやも知れぬ。
自らの世界が狂っていく様を見届けることしか出来ない母は、何とかして次の世界を繁栄に導きたかったのだ。
 そして母は、神を生んだ。
生まれ出でたのは、白き翼を抱く天からの使者。
背に白き翼を三枚持った、金の御髪も美しい双子。
面差しの似通った対の神、若葉色の優しい面差しをした双子の兄神は文に長け、蒼き瞳の激しい気性を宿した双子の弟神は武に長ける。
 ひとつの世界に一人の神が光臨する。それが当たり前だと思っていた母に、初めてやってきた『例外』だった。
深く深く、魂の底で結びついた一対の神は、長く離れてはいられない、不思議なつながりを持って現れた。天と地、二つの異なる空間を治めさせるつもりだった母は、困惑した。
 離れることの出来ない対の神を、不安定な世界へ放り出すことも出来ず、母の手元で育った兄弟は、母の困惑に無邪気な答えを寄越す。
もう一人兄弟を生めばよろしいのです、と。
 しかし、言われるままに生み出した末神は……なぜか、兄である対の神とは異なる、禍き様相で現れた。
銀の髪と、紫の瞳、そしてその背に抱くは、二枚の黒き羽と兄によく似た一枚の白き羽。
等しく祝福されて生まれたというのに、なぜこのような、と、母は苦悩した。
 だが、兄である双子の神は末神を心から愛し、慈しみ、また末神も、兄神たちを慕い、背負う禍き力を押さえ込んでいた。
そんな我が子に、母はようやく決意する。いつまでも生み出した世界を、そして三人の神を放置してはおけない。
母はついに、彼らを世界へ送り出した。
金の双子は、天へ。銀の末子は、地へ。
かくしてこの世界に、神が光臨した。
母の手元を離れ、世界が独り歩きを始める。



 世界が双子と末子の手に委ねられ、天と地はやがて姿を変えてゆく。
金の双子に任せられた天は、美しく輝く光の世界へと変わり、双子の望む暖かくそして優しい風が吹くようになった。次々に生き物が創造され、祝福の声が満ちた。
一方、兄の聖性を身近に感じることで禍き力を抑えてきた末子に委ねられた地は、徐々に歪み始める。
悪しき力に意識を染め上げられた末神は、地を暗く澱んだ雲に覆われた阿鼻叫喚の世界へと変質させた。地には怨嗟の声が満ち、悪しき力によって生み出された歪んだ獣たちの住処となる。
 悪鬼蔓延る地界。
末神は天を見上げてもはや狂気の中思う。
輝かしいあの世界を、踏み躙ってしまおうと。
 そうして、末神は天へと昇る。呪われた獣たちを従え、兄のいる天へ。
しかし、悪しき力の誤算がここにあった。
天には、彼の禍きモノを押さえ込む兄神たちの清廉な気配が、その光が満ちていた。次第に強くなる聖性が、末弟の、眠っていた清き力を揺り起こそうとするのだ。
それに抗い、天への階を上りきったとき、末神を支配していた禍き力はすでに、限界を迎えていた。
清き力と、禍き力。
末神は、双方の間で、徐々に揺らぎ始める。
だが、末神の引き連れてきた穢れを宿した獣たちは、ただただ与えられた命に従い、天に澱みを持ち込む。欲望の限りに美しい世界を荒らす。美しい天界の、侵略が始まった。創世戦争の、始まりである。
 末弟の、天界の危機を察した金の双子は、天を汚す悪鬼どもを屠りながら問う。
お前は神であることを忘れたのか、と。
神は、世界に祝福を与えるもの。
世界をもっとも幸せな形で存続させるための鍵。
神自らが世界を壊そうとするなど、あってはならないのだ、と。
伝わり来る二つの光に、揺らいでいた二つの力のうち、清き力が禍き力を押さえ、甦る。
だが、正気に戻った末神の前に映し出されたのは、己が内に眠る穢れの従えて来た悪鬼たちが、兄神たちの築いた美しい世界を壊す姿だった。
末神は、禍き力に惑わされたとは言え、世界を壊そうとした己の業の深さに耐え切れず、遠き兄神たちに向かって懇願する。
――自らの穢れた翼を断ち切って、兄神の力を持って穢れたこの身を葬って欲しい。
愛する末弟の、心からの願いを聞き届けた二人の兄神は困惑する。
末弟の黒き堕天の翼は二枚ある。それを奪うことはすなわち、二度と天へ登れなくなるということ。
たった一枚の翼では二度と空を舞うことは出来ず、地に留まるしかない。
金の双子は、末弟の苦悩を汲み取り、しかし今生の別れに耐え切れず、ひとつの手段を思いついた。
三枚もある双子どちらかの白き翼を一枚、末弟に譲ればいいのだ。
末弟の引き連れた穢れを少しずつ癒し、元の天の姿へと戻しながら、兄神たちは末弟の元へと急いだ。
末弟の抱く穢れがその体を蝕んでいたこともあったが、同様にそれは兄神たちの身体をも蝕んでいたのだ。
残された時間は、双方とも長くはなかった。



 ようやく金の双子と末神が逢い見えたとき、双子の兄神はすでに限界を迎えていた。
兄神と深く繋がった双子の弟神はずいぶん前から兄の衰弱を感じていた。元々文に長けた双子の兄神は、慣れぬ戦に苦しみ、穢れに過敏な体質もあり、衰弱が酷かった。それでも無理を押して末弟の前に立ちはだかったのは、ひとえに末弟への愛ゆえだ。
そんな兄にこれ以上の無理を強いるわけにはいかず、彼は兄に告げる。
己がこの世界を守るための、礎になりたいのだ、と。
 そして、双子の兄神を下がらせた双子の弟神は、最後まで足掻く禍き力に再び支配された末神に剣を向ける。
命を削るような死闘の末に、勝利を治めたのは双子の弟神であった。
 末神の願い通り、双子の弟神はその黒き翼を切り落とす。一枚の翼を残すのみとなった末の神は苦しみ、穢れに満ちた危険な地界へと堕ちていく。双子の弟神はそれを追って地界へと降り、自らの背からもぎ取った白き翼を弟に捧げ、兄神の待つ天に送り届けた。
地界に根付いた澱みはあまりにも深く、末神の孤独が、弟神に痛いほど伝わった。双子の弟神は、残り少ない己の力全てをかけて、末弟の抱く孤独、地界の浄化を試みた。
しかし、それは世界を見守っていた母に遮られる。
金の双子は対の神。
対であらねばならない存在が、片割れだけになってしまえば均衡は崩れる。
母は世界に新たな祝福を与え、地界を金の双子が築いた天と同じような姿へと作り変えた。
歪みは戻され、穢れは浄化され……末神がその背に負っていた禍き力は封じられた。
双子の弟神にはあるものを贈り、再び世界は神の手に委ねられる。
新たなる神に連なる者と共に。
 母から預けられたのは、三人の乙女だった。
背に二枚の白き翼を持つ乙女たち。対をなす赤薔薇の乙女と白薔薇の乙女、そして黒薔薇の乙女だ。
赤薔薇の乙女は、上質の絹を思わせる濡れ羽の黒髪、紫紺の瞳。その身が司るは、知性。
白薔薇の乙女は春の陽光を思わせる柔らかな栗色の髪、翡翠の瞳。その身の司るは、母性。
黒薔薇の乙女は処女雪を思わせる眩い純白の髪、燃える朱の瞳。その身が司るのは、魔性。
 双子の兄には赤薔薇の乙女が、双子の弟には白薔薇の乙女が。そして一番下の弟には、黒薔薇の乙女が授けられた。どの乙女も美しく、いつしか乙女と兄弟は、惹かれ合い愛し合い、互いを必要とするようになったのだ。
 美しい乙女達は愛する創世の御神の子を生み、育て、慈しんで、天に羽根を持った者たちを生み出した。増えた天の住人を導く法を作り、それに背いた者は翼を取り上げ、罪を償うまで地に住まわせた。やがて天は翼を持つ者で満ち、地は翼を奪われた人間で満ちた。
世界は、美しく繁栄を始める。
 そして、世界を見守る三人の御神と乙女たちは、長い時を、今も転生を繰り返し、互いを求め巡り合いながら、生きている。




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