恋愛予行演習 6
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 「ねぇ、透次さん。これから、どうするの?」
「どうするって?……食べたんなら、しばらく休んで行けよ。寮までは、俺が送っていってやるから」
ひどく自然な動作で、私をソファーに誘導した透次さんが、にっこりと微笑む。
えーと……その肩を抱く仕草まであまりに自然なのは、おかしいと、思うんですけど……?
「あの、この手は一体……あれ?深雪さん、遅くない?電話受けに行っただけなんだよね?」
言い訳のように呟いた言葉に重なって、深雪さんの悲鳴が聞こえた。
「咲姫ちゃん!!あなたって子は……寮、大騒ぎになってるらしいわよ!黙って来たんでしょう!」
慌ててやってきた深雪さんに、私は頷く。
「だって、早く文句言ってやろうと思って、つい……」
あはは、と笑えば、隣の透次さんが唸り声を上げ、何かと思って視線を向ければ、頭ごなしに怒鳴られた。
「……この阿呆が……永林が何のために全寮制だと思ってんだ?!いいとこの子供だから、学校の行き帰りに攫われでもしたら困るからだ!!それを、黙って出て来たら同じだろうが!」
隣から透次さん、正面から深雪さんに詰め寄られて、私はもう平謝りするしかなかった。
「ごめんなさい……」
「送ってあげなさいよ、透次ー。んで、ちょっと遠回りしながら色々話してあげれば?学校には、私が説明しておくから。1週間も寝たきり生活送ってたのに、いきなりこんなところまで歩いて来て、疲れたでしょう?」
「え、や、でも……」
さっと立ち上がった透次さんが、リビングにかけてあったコートをいそいそと羽織っているのが目に入る。あぁもう、準備に入ってるんですか。その気満々ですか?!
「送らせてあげて。咲姫ちゃんも、まだまだ訊きたいことあるんじゃない?」
溜め息をついた私に、深雪さんがにっこり笑う。
「ありますけど……かっ、『梶原深雪』さんにそんなことさせられないです!だって、新作書いてるって言ってたし、そんな……」
私は送ってもらうより、続き書いてもらえる方が嬉しかったりするんですけど……。
「続きなんていつでも書けるんだよ。俺はネタには困っちゃいねぇからな。いいからさっさと降りる準備しろ!……あぁ、歩けないんなら抱いて運んでやろうか?」
「結構ですっ!!」
笑えない申し出を一言で拒否して、私はトートバックを取りに怒鳴り込んだ部屋へ戻った。
……どうか、大騒ぎにならず、平和にすみますように。

 ワインレッドのスカイライン。
また乗ることになるなんて、思いもしなかった。
「その格好でタンデムするわけにもいかねぇだろうが」
その格好……クローゼットを開けて真っ先に目に入った黒のワンピース。これにニットのカーディガンを羽織った状態で怒鳴り込みに来たんだから、道中寒かったんじゃないかと自分でも思うんだけど……あいにくその辺、記憶にない。あんまり腹立ってたのか混乱してたのか……なんにしても、寮母さんに怒られそうで怖い。
助手席のドアを開けられて、今度は躊躇わずに乗り込めた。
「さむ……悪いな、すぐには暖まりそうにないから我慢してくれ。出すぞー」
エンジンの低い振動、すいーってバックで車を回して地下駐車場から出たそのスムーズな動きから見て、運転上手いんだと思う。
「……で?聞きたいことは?お嬢様」
「どこで私のこと知ったの?」
赤信号に停止した透次さんに、単刀直入に。
透次さんがくすくす笑いながら、前を向いたまま答えてくれる。
「だから、言っただろ。この間俺にぶつかった握手会。そのときに、一目惚れ。知ってたか?2作目の初回限定本は、あんまり出てないんだ。俺の本が売れ出したのは、どこぞの監督が『映画化したい』とか言い出してからだしな。で、多分この子はデビュー作から読んでくれてる子なんだろうなと。しかも可愛いしこんなにも俺の書いた話を好いてくれてるし。とか色々考えてると、気がついたら惚れてた。そんな感じだな」
緩やかにカーブを曲がって、びっくりするくらい丁寧な運転は、前言ってたスピード重視なんて言葉が嘘みたいに感じる。
ホントに、この人が私を好きなんだろうか。
浮かんだ疑問に、ひとまず蓋をする。時間は限られてるんだから。
「……じゃ、じゃあ、どうしてあの遊園地であんな派手なこと出来たの?」
「派手?……あぁ、あの羽とか血とかか。お前、梶原って聞いて何か思い浮かばないか?お前もお嬢様ならちょっとは聞いたことあるんじゃないかと思うんだが」
梶原、梶原……しばらく首を傾げてみて、はっとする。
「梶原建設!知ってる、ビルとかだけじゃなくて、テーマパークとか色々広く手懸けてるオールマイティな建設会社!お父さんの会社の工場も作ってもらったはず……あ、それじゃ、もしかして」
「そうそう。俺が梶原建設の代表取締役社長の養子。多分跡目は継がなくてすむと思うんだが、この間行ったあの遊園地、あそこを建てたのが梶原建設でな。ちょっと我が侭を言ったらスポンサーも快く了承してくれた。羽はともかく、血は血糊だ。ちなみに、今度『梶原深雪』の世界再現ってことで、遊園地でミステリーイベント用シナリオを書き下ろす約束もした。そのときはまた連行するから、覚えといてくれよ?」
ぱちんとウインクひとつ送られて、嬉しいけれど、困惑する。こんなに綺麗な人なのにどうして私がいいなんて言うんだろう。
「質問はそれだけ?」
「……えっと……うん、質問は、それだけ。あ、最後にひとつだけ」
「んー?」
「ホントに、私のこと……す、好き、だって言うのなら、携帯の番号と、メールアドレス。教えて欲しい」
「何だ、そんなこと。いつでも教えてやるよ?」
代わりにお前のも教えろよ、とにこにこ笑いながら私に携帯を渡してくれて……なんだかやっぱり、冗談みたいなノリが不安になる。
「ねぇ……」
「ほら、着いた。……外、寒いだろうからやっぱり運んでやろうか?」
ブレーキを感じさせないくらい静かに、ゆっくりと止まったスカイラインに、はっと顔を上げる。見慣れた永林の門。暗くなるのが早い冬、寮に電気がつきすぎてるような気がするんですけど……。
さらっと言われて、首を振る。そんな恥ずかしい真似、されたらたまらない。
「や、いいです!結構です!」
「ふぅん?……でもまぁ、とりあえず虫除けと、役得ってことでいいか?」
ピッ、と可愛い電子音でロックがかかって。
それに気をとられてしまったのが命取り。私の目の前に仁王立ちになった透次さんから逃げるすべは、なかった。

 そのあとは、もう、成り行き任せというか開き直りというか、ちょっと精神的に痛いので伏せさせてもらったりしていいかな。
簡単に説明すると、透次さんが私を抱き上げていった寮の玄関にお父さんがお待ちかねで、穏やかな雰囲気の冷たい修羅場を経験し、お父さんに今度やったら外出禁止だとか釘を刺されて、そのあと寮母さんに医務室送りにされて、病院のベッドに縛りつけられる勢いで寝かされた。ご飯食べられたから、大丈夫なのに。
 でも、まぁ。
お父さんとのやり取りで、それなりに気持ちは伝わってきたし、何より透次さんのそばは、楽しい。携帯のメモリには、ちゃんと透次さんの番号が入ってる。メールも、送れる。
安心感が緊張を緩めて、私は眠りに落ちた。

 不安も何もない、気持ちのいい夢の中へ。




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