モノカキさんに30のお題 30.And that's all?
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「というわけで実話のようで実話じゃないゲームを作ってみたんだが」
電話口では、表情が伝わらないから彼を普段のように酷く怒らせることはない。
声だけで伝わる感情にも敏感に変化する彼の繊細さは、自分にとってとても貴重だ。
どんな返事が返ってくるかと期待したのだが、耳元に響いたのは、深い溜め息と、後悔に満ち溢れた声音。
『……で?ネタにした実話を実際に経験した俺にそのゲームをプレイさせて何が楽しかったわけだ?』
「いや、何って、これに声でも当ててもらおうかと」
他の何人かのキャラはすでに決まってるんだ、と控えめに肯定の返事を求めてみたが、返ってくるのはやはり溜め息だ。根っから真面目な彼に、こんなことを言って通用するとはもちろん思っていなかったが、いい加減歳も取ったのだから、そろそろ笑って許してくれてもいいものではないかと思う。
『はぁ?俺にそんな時間あると思ってんのかよ、これでも睡眠時間削って働いてる貧乏小児科医だぞ』
「だからじゃないか。今度のイベントでROM販売をしようと思ってるんだ。お前にもいくらかマージンが入るようになってる。ちなみに、お前がやったのはプロトタイプで男視点だが、販売用のゲームはちゃんと女の子に受けるように作り変えた。今流行の……何と言うんだ、ガールズゲームとでも言うのか?」
『俺が知るわけないだろっ?!お前もいい加減にまともな職につけよっ』
「何を言うかっこれはれっきとした商売だぞ!!天才ゲームプログラマーの俺様になんて言い草だ!」
現実にゲーム会社に就職している自分が、こんなにも精力的に様々な方面へと手を伸ばしているというのに、彼は相変わらず、そんな自分にいい顔をしない。
確かに、医学部まで入っておきながら医師免許もとらずコンピュータ系の専門学校へ入って、今の仕事に就いたという遍歴は、大変な思いをして大学生活をこなした彼にとって、あまり気分のいいものとは言えないだろう。
『だから知るかってのに!勝手にやれよ、そういうことは!』
「……そんなこと言いながら結局その貴重な睡眠時間を更に削ってプレイしたくせに」
そんな、変な部分で付き合いのいい彼を、自分は様々な意味で頼っている。
『…………ちっ』
「うわっ舌打ち?!一体武士くんはいつからそんな可愛げのない子になったんですかっおとーさんは悲しい」
『誰が父さんだっ俺の父さんは墓の中だしお義父さんは元気に内科で働いてるよっ!!』
どうやら、あまり触れられたくない部分に差し掛かってしまったらしい。怒らせる気はないのだが、彼と話しているといつもそうなってしまう。
「可愛い嫁さんも一緒にな」
だから、いつものようになし崩しで、そこへと踏み込む。たとえ不躾な真似をしても、本当に立ち入ってはならない場所まで踏み込んだことはないから、彼も多少の無理を許してくれる。
『……まさか内科に配属されるとは思ってなかったさ俺だって』
「あっはっは。諦めろ諦めろー」
溜め息混じりの愚痴に、思わず笑った。彼の愚痴を聞くことなんてなかなかないから、それだけ心を許されているんだなと嬉しくなる。
『……つーか、あの女友達はもしかしてお前か?俺には女友達なんていなかったからな』
「それにあんなに人当たりもよくなかった」
『うるさい。成績と家庭環境と貧乏苦学生ってところは一緒じゃないか』
のらりくらりとかわしていたら、どんどんと踏み込んでくる。すでに大学を出て5年が経っているというのに、お互い踏み込み踏み込まれることを許せる、それなりに深い仲でいられるのは、やはりこうして時折、一方的にでも連絡を取るようにしているからだろうか。
「ついでに名前もな」
『……その上彼女の名前まで使いやがって』
声だけでも分かるほど、感情はあからさまだ。悔しい、とその響きだけでこちらに伝えてくる。
知ってしまった感情に、素直に向き合った結果、彼は彼女にとことん甘く、些細なことにも嫉妬する見ていて飽きない男になった。それ以前の淡白さを知っている分、その変貌は驚くばかりで、彼を知る誰もに衝撃を与えた。
「大丈夫だ、あれはお前仕様のプロトタイプだったからであって、販売用のゲームは名前が変えられるようになってる。知ってるか?キャラデザしてくれたのはそっち方面でかなり有名な絵師様なんだぞ」
『そっち方面ってなんだよ……?』
気の抜けた返事を返してくる彼に、思わず吹き出してしまう。
電話越しにも伝わっただろう音に、彼はすぐさま突っかかってきた。
『お前なーっ……?あぁ、おかえり』
怒鳴られるだろうと思って受話器を耳から遠ざけていたが、予想していたほどの大音響は返ってこない。どうしたのかと耳を澄ましていたら、遠くから可愛らしい女性の声がした。
「何だ、嫁さん帰ってきたのか?遅い帰宅だな、もう日付変わってるぞ」
『お互い24時間体勢の職場だからな。確実に会えるのは病院のナースセンターだけ……なんてこともよくある』
「へぇ……それでも別れないんだからすごいよな」
普通なら、とっくに別の道を歩んでいてもおかしくないはずだ。
それでも、一緒にいられるのは。
『……たくさんの人に迷惑をかけて、その上で幸せになったんだ。そんな簡単に別れる気になんてならないよ。……それに、いいか?俺の大事な恵は、これからが花の22歳なんだ。別れるわけないだろ。俺は子供が欲しい』
彼の言葉を聞きとがめたのか、甲高い悲鳴がした。
何言ってるのよ、馬鹿、変態!
……なかなか威勢のいい22歳だ。彼女の罵倒に彼は必死で取り繕う。こちらのことなど、まるで無視だ。
これ以上話は出来そうにないし、夜も遅い。
とりあえず電話を切って、自分も寝ることにした。
あのストーリーの先を、プレイヤーはどう想像するのだろうか。
自分は、すでに彼らを見てしまっているから、本当の結末を知っているから、想像なんて出来ないけれど。
 エンディングにたどり着いて、それぞれの想像する結末が、現実の彼らのように幸せであればいいと、そう思った。




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