なみだ。ナミダ。涙。泪。
 人は誰しも、一度は涙を流したことがあるはずです。
 幼稚園や小学校へ通っている頃にはもう泣いたことがなかった、なんて人はきっといないでしょう。
 私はたくさん泣きます。たくさん涙を流します。そうしなければ自分の中でバランスが取れなくなってしまうから。泣き過ぎてもいけないけれど、全く泣かないとそれはそれでまた泣いた時が危ない、という。
 誰かのそばにいさせてもらうと、涙はゆっくり静まっていきます。一人で泣いていると、必ず終わりは来ないから。眠りに誘われて涙の訳を忘れてしまわない限り。


  じめじめした話はさておき。『涙』の理由です。

 貴方が涙を流す時、それはどんな時ですか?
 そう訊かれたら、大抵の人は『悲しい時』と答えます。
 けれど私は、悲しいだけが涙じゃないと思うのです。
 嬉しい、苦しい、切ない、寂しい、悔しい、痛い。
 色々な悪い感情、その逆、良い感情をどちらも含んで、それを実態として表現するのが、涙なんだろうと思うのです。
  だから、流したいと思えば本当は誰でも泣くことが出来るのです。
 ただ、どれくらい感情が現れたら『涙』になるかを皆知らないだけで。
 私は少しそれをよく知っているだけ。
 ほんの少しの寂しさ、悔しさ、嬉しさで『涙』になるだけ。
 皆はそれを、形にすることを躊躇うから、涙までの感情の大きさがどんどん膨れ上がるのです。この感情だと決めつけるから涙の理由が限られるのです。


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